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ヒートショックについて ~医師の立場より~

 こんにちは。 あづま脳神経外科リハビリクリニック 院長 我妻敬一です。

 

 令和6年12月6日、中山美穂さんが亡くなられました。死因は不慮の事故による溺死であり、ヒートショックが原因ではないかと推察されています。同年代を生きた中山美穂さんの突然の事故は、多くの人にとって決して他人事ではないと感じられることでしょう。私自身もこれまで診療の中で、ヒートショックによる失神により頭部を受傷された方や、ヒートショックが引き金となり脳卒中を起こした方を診てきました。

 ヒートショックとはどのようなものなのか?また、それをどうすれば防げるのか?今回のブログでは、ヒートショックについて詳しく解説します。ヒートショックの予防は、実は熱中症対策にもつながり、さらには脳卒中や認知症の予防にも役立つ大切な取り組みです。ぜひ最後までお読みいただき、これを機会にその危険性と対策について理解を深めていただければ幸いです。

 

ヒートショック

〜身体の組成と水分量の関係から考える傾向と対策〜

 

 寒い冬、暖房の効いた部屋から寒い場所へ移動したり、熱いお風呂に入ったりすると、体が急激な温度変化に対応できず、深刻な健康被害を引き起こすことがあります。

この現象は「ヒートショック」と呼ばれ、特に高齢者や痩せ型の女性、特定の体質や身体状態の方に多く見られます。

 ヒートショックのリスクを正しく理解し、その原因に適切に対応するためには、身体の組成や各成分が持つ水分量の違いに目を向けることが重要です。

 本記事では、身体の組成成分と水分量の関係からヒートショックのリスクを考察し、具体的な予防策について詳しく解説します。

 

身体の組成と水分量の関係

 人体は主に水分、タンパク質(筋肉)、脂肪、無機質(骨やミネラル)で構成されています。それぞれの成分が含む水分量には大きな違いがあり、この違いがヒートショックのリスクに影響を与える重要な要因となります。

1. 筋肉(タンパク質):水分量の含有率約70~80%

 筋肉は体内で最も多くの水分を含む組織であり、体温調節や血液循環をサポートする役割を果たします。筋肉量が多い人は、体内の水分量が豊富で寒暖差への適応力が高く、ヒートショックのリスクが低い傾向にあります。一方で、筋肉量が少ない人(高齢者やサルコペニアのある人)では、体内の水分量が不足しやすく、ヒートショックを引き起こすリスクが高まります。

2. 脂肪:水分量の含有率約10~20%

 脂肪組織は、水と油の関係に例えられるように、水分が非常に少ない組織です。体脂肪率が高い人では体全体の水分密度が低下します。加齢により筋肉量が減少した場合、相対的に脂肪が増えることが多く、水分保持能力が低下します。また、痩せ型の女性や小児、赤ちゃんも筋肉量が少なく脂肪の割合が高いため、体温調節が不十分で急激な温度変化に弱い傾向があります。

3. 骨(無機質):水分量の含有率約25~30%

 骨は体を支えるだけでなく、水分を保持することで柔軟性を保っています。また、骨髄は血液を産生する重要な器官であり、骨内の水分量を維持することは全身の健康を保つためにも大切です。

4. 全体の水分割合

 成人の体全体の約55~60%が水分で構成されていますが、この割合は性別や年齢によって異なります。

  ・ 若い人: 筋肉量が多く、体全体の水分量は約60~70%に達します。

  ・ 高齢者: 加齢に伴う筋肉量の減少と相対的な脂肪量の増加により、体全体の水分割合は約50~55%に低下します。

ヒートショックとは?

 ヒートショックとは、急激な温度変化により体が対応しきれなくなり、血圧や心拍数が急激に変動する現象を指します。その原因には、身体の状態を常に調節している自律神経が関係しています。

 例えば、寒い脱衣所では交感神経が活発化し、血管が収縮することで血圧が上昇します。その後、熱いお風呂に入ると、今度は副交感神経が活発化し、血管が急に拡張するため血圧が急降下します。このような血圧の急激な変動により、以下のような深刻な健康被害を引き起こす可能性があります。

  ・ 脳卒中(脳梗塞、くも膜下出血、脳出血)

  ・ 心筋梗塞

  ・ 失神

  ・ 心肺停止

 特に、身体の水分量が低下している場合、血液の粘度が高まり、血流が滞りやすくなるため、これらのリスクがさらに高まります。

 寒い冬は、湯船にたくさんのお湯を入れて肩までしっかり浸かることが一般的ですが、ヒートショックによる失神が発生すると、そのお湯の量のために溺れてしまう可能性があります。特に、お酒を飲んで帰宅後、冷えた身体をそのまま暖かい湯船につける行為は非常に危険です。

注意点とアドバイス

  ・ 冷えた身体をすぐに湯船で温めようとせず、まずシャワーなどでしっかりと体を暖めてから入浴するようにしましょう。

  ・ お酒を飲んだ後は入浴を避けてシャワー浴にしておくことが重要です。

  ・ 適切な湯温を保ち、体に負担をかけない方法で入浴を楽しむことが、ヒートショックの予防に繋がります。

ヒートショックの仕組み

 寒冷刺激を受けると、交感神経が活発化し、血圧や心拍数が増加します。また、体温を逃がさないようにするため、体表面の血管(特に静脈)は収縮し、脳や心臓、内臓などの中心部に血流が集まります。

 その後、身体が急激に暖められると、今度は副交感神経が活発化し、血圧や心拍数が低下します。また、皮膚の温度が上昇することで、体表面の血管は熱を外部に放出させようとして拡張し、中心部から血液が末梢に流れます。この2つの作用の結果、脳への血流量が急激に減少し、失神気分不良を引き起こします。これがヒートショックです。

 また、脳の血管ではCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)が放出され、血管を拡張することで失神を回避しようとする働きがあります。このCGRPは片頭痛の主原因とされ、CGRPの抗体薬は片頭痛治療の主役です。

失神のリスクと浴槽内での危険性

 ヒートショックによる脳血流の低下状態は、一定時間続きます。失神時に転倒した場合、心臓と脳が同じ程度の高さになるため、血圧や心拍数が完全には回復していなくても意識が戻ることがあります。しかし、この状態では血圧や心拍数が低下したままであるため、立ち上がって歩こうとすると再度失神する可能性があります。

 一方、浴槽内で座ったまま失神した場合、脳が心臓より高い位置に留まるため脳血流が十分に回復せず、意識が戻りにくくなることがあります。さらに、浴槽内のお湯の量が多い場合、そのまま溺れてしまう危険性が非常に高まります。

立ちくらみと起立性低血圧症

 湯船から立ち上がる際に「立ちくらみ」を感じることがありますが、これも温熱刺激による血圧低下が原因で、起立性低血圧症と呼ばれます。温熱刺激を受けた後に急に立ち上がると、重力の影響で血液が下半身に移動し、脳への血流量が一時的に減少することで発生します。

 起立性低血圧症が起きた場合、失神のリスクが高まるため、対策が重要です。特に、湯船から出た直後には体表面に水をかけて冷やすことで、血管が収縮し、血圧や心拍数が安定します。これにより危険度を下げることができます。

脱衣所での寒冷刺激と血圧上昇のリスク

 浴室から出た後、脱衣所の寒さによって再び交感神経が活発化し、血圧や心拍数が急上昇することがあります。この急激な血圧上昇は、脳出血などのリスクを高める可能性があります。

サウナでの「整う」と自律神経の関係

 サウナでのいわゆる「整う」という感覚は、寒冷刺激と温熱刺激が交互に自律神経を刺激することで得られるものです。これにより、副交感神経が優位となり、深いリラックス効果をもたらすと考えられます。

自律神経とは?

 自律神経とは、私たちの意識とは関係なく、体のさまざまな機能を自動的に調整している神経系です。自律神経には、交感神経副交感神経という2つの相反する神経系があり、これらがシーソーのようにバランスを保つことで体の機能を調整しています。

交感神経の働き

 交感神経は、主に活動時やストレスを感じたときに活発になります。例えば、ものすごく怒っている人は交感神経が活発化しているため、次のような変化が起こります。

  ・ 血圧が上昇し、脈拍が増加する。

  ・ 唾液の分泌が抑えられ、喉がカラカラに渇く。

  ・ 消化管の動きが弱まり、胃腸の活動が低下する。

副交感神経の働き

 一方、副交感神経は、主にリラックスしているときや睡眠中に活発になります。例えば、寝ているときには以下のような変化が見られます。

  ・ 血圧が低下し、脈拍が減少する。

  ・ 唾液分泌が増加し、ヨダレが垂れることがある。

  ・ 消化管の動きが活発になり、胃腸の蠕動運動が促進される。

食後に眠くなる理由

 食後に眠気を感じるのは、副交感神経が活発になるためです。ご飯を食べることで、胃腸の迷走神経(副交感神経系)が刺激され、消化活動が活発化します。この消化活動に伴い、体はリラックス状態へと向かうため、自然と眠気を誘発します。

 また、食前酒は胃の血流を増加させ、迷走神経を刺激することで胃腸の動きを活発にする作用があります。

ヒートショックが起こりやすい場面

 ヒートショックは、寒暖差が激しい環境や特定の状況で起こりやすい現象です。

1. 入浴前後や入浴中

  ・ 脱衣所が寒い場合、体が急激に冷え、交感神経が活発化して血圧が上昇します。

  ・ その後、熱いお湯に入ると血管が急激に広がり、血圧が急降下します。この血圧の大きな変動がヒートショックの原因になります。

2. トイレ

  ・ 冬場、寒いトイレで排泄時に力むことで、血圧が急激に変動します。特に高齢者や持病のある方は注意が必要です。

3. 冬の寒い屋外から暖かい部屋に戻ったとき

  ・ 冷えた体が急に暖かい環境にさらされると、血管が急激に拡張し、血圧の変動が起こります。

4. 冷房の効いた部屋から暑い夏の屋外に出たとき

  ・ 夏場でも、急激な温度変化が血管の収縮や拡張を引き起こし、ヒートショックを誘発することがあります。

ヒートショックの症状と緊急対応

ヒートショックが発生した場合の症状

 ヒートショックが発生すると、以下のような症状が現れることがあります。

  ・ めまいや立ちくらみ

  ・ 気分不良、悪心嘔吐

  ・ 冷や汗や急な寒気

  ・ 顔の赤みや異常な青白さ

  ・ 意識がもうろうとする、または意識消失

 これらの症状が見られた場合は、速やかに適切な対応を行うことが重要です。

緊急時の対応方法

  1.お風呂から安全に出す

  ・ すぐに浴槽から出しますが、立ち上がった直後に失神する可能性があるため注意が必要です。

  ・ 安全な場所で頭を心臓より低い位置に下げるか、横になって安静にします。                                     

  2. 水分を補給する

  ・ 水分をしっかりと補給し、自然に体温が下がるのを待ちます。

  ・ ただし、体を冷やしすぎないように注意が必要です。

  3. 脈拍を計測する

  ・ 脈拍が60回以上であるか、日常の脈拍に近い状態に戻るまで横になって安静にします。

  4. 状態が改善したらゆっくり起き上がる

  ・ 意識がはっきりし、顔色や脈拍が回復し、汗が引いていることを確認した後、ゆっくりと起き上がります。

  5. 医療機関への受診

  ・ 症状が続く場合や改善が見られない場合は、速やかに脳神経外科または循環器内科を受診しましょう。

ヒートショックが起こりやすい人の特徴

 ヒートショックは、以下のような特徴を持つ人に起こりやすい現象です。

1. 高齢者

  ・ サルコペニア: 加齢に伴い筋肉量や筋力、身体機能が低下している状態の人。

  ・ フレイル: 加齢に伴い体重減少、筋力低下、疲労感、歩行速度の低下、身体活動量の減少などが見られる状態の人。

  ・ 骨粗鬆症: 骨内の水分量が減少し、全体の水分バランスが崩れている人。

2. 痩せ型の女性

  ・ 筋肉量が少なく、体内の水分量が少ないため、体温調節能力が低下しています。このため、急激な温度変化に適応しにくく、ヒートショックのリスクが高まります。

3. 高血圧や糖尿病、動脈硬化、心疾患を持つ人

  ・ 血管が硬くなっているため、温度変化による血圧の変動に対応しにくい傾向があります。

  ・ 心疾患がある場合、不整脈や心不全が発症するリスクも高まります。

4. 飲酒後の人

  ・ 飲酒により血管が拡張している状態で入浴すると、さらに血圧が低下し、失神のリスクが高まります。

5. 小児や赤ちゃん

  ・ 大人と比べて筋肉量が少なく、相対的に脂肪の割合が高いため、体内の水分含有量が低い傾向にあります。その結果、脱水状態になりやすく、体温調節が不十分でヒートショックが起こりやすくなります。

ヒートショックを防ぐための対策

1. 環境を整える

 家全体の温度差を減らすことが、ヒートショック予防の基本です。特に、脱衣所や浴室、トイレの温度管理を徹底しましょう。

  ・ 浴室暖房の使用: お風呂に入る15分前に浴室を暖めておくことで、寒暖差を減らせます。

  ・ トイレ暖房器具の設置: トイレが寒い場合は、暖房器具を設置するか、暖かい服装で使用しましょう。

  ・ 廊下や部屋間の暖房: 廊下やリビング、寝室間の温度差を少なくするために、適切な暖房を工夫しましょう。

2. 入浴方法を工夫する

 冬場の入浴はヒートショックが発生しやすい場面の一つです。以下のポイントを心がけましょう。

  ・ 適切な湯温: お湯の温度は40℃以下を目安にしましょう。熱すぎるお湯は血圧を急降下させる原因となります。

  ・ 適切な湯量: できるだけ半身浴を心がけましょう。

  ・ 入浴の順序: いきなり湯船に浸からず、まずは手や足にお湯をかけて体を慣らしてから入りましょう。

  ・ 長湯を避ける: 入浴時間は10~15分を目安にし、体に負担をかけないようにします。

3. 水分補給を意識する

 冬場は汗をかきにくいため、体内の水分不足に気づきにくくなります。脱水状態はヒートショックのリスクを高めるため、以下を実践しましょう。

  ・ 入浴前後にコップ1杯の水: 血液の流れをスムーズに保つため、入浴前後の水分補給を習慣化しましょう。

  ・ 日中もこまめに飲む: 高齢者や子どもは喉の渇きを感じにくいので、周囲からの声掛けが大切です。

4. 筋肉量を維持・増加させる/骨粗鬆症対策を行う

 筋肉量を増やすことは、体内の水分量を増やし、体温調節能力を高めるために非常に重要です。特に高齢者や痩せ型の女性には、次のような運動をおすすめします。

  ・ ウォーキング: 1日5,000~7,000歩以上を目安に歩くことで、筋肉と血液循環を活性化します。

  ・ 筋力トレーニング: スクワットや軽いストレッチなど、太ももの筋肉を鍛える運動を取り入れましょう。

  ・ 日光浴: 体内のビタミンDは直射日光に含まれるUVBによって活性化されます。窓ガラス越しでは効果がないため、直射日光をある程度浴びることが重要です。

5. 健康管理を徹底する

 高血圧や糖尿病、心疾患を持つ方はヒートショックのリスクがさらに高まるため、以下の点に注意しましょう。

  ・ 家庭での血圧測定: 特に寒い季節は、朝晩の血圧を測定し、異常がないか確認しましょう。

  ・ 食生活の見直し: 塩分を控えた食事を心がけ、血圧管理を徹底します。

  ・ 飲酒後の対応: お酒が身体に残っている場合は、湯船に浸からずにシャワーで済ませるようにしましょう。

 

 令和6年12月6日、女優・中山美穂さんが不慮の事故で亡くなり、ヒートショックが原因の一つと推測されています。ヒートショックとは、急激な温度変化により自律神経が過剰反応し、血圧や心拍数が急激に変動する現象です。特に冬季の入浴時や寒暖差の激しい環境で発生しやすく、脳卒中や心筋梗塞、失神、心肺停止などの重大な健康被害を引き起こす可能性があります。高齢者や痩せ型の女性、持病を持つ人、飲酒後の人、小児などが特にリスクが高いとされています。予防には、家全体の温度差を減らす環境整備や適切な入浴方法、水分補給、筋肉量の維持が重要です。

 中山美穂さん、ご家族や関係者の皆さま、そしてファンの皆さまに心よりお悔やみ申し上げます。

 

当院「初めての方へ」 : https://www.nougeka.info/first/

 

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